病院長挨拶

 当院の前身は、明治11年(西南戦争の翌年)に人吉・球磨住民の寄付によって開院した公立人吉病院です。昭和22年に国へ移譲され、現在の健康保険人吉総合病院となりましたが、一貫して人吉・球磨の中核医療機関としてその役割を果たしてまいりました。今後もこの地域の市民病院としての役割、また医師会病院としての役割を果たしていく所存です。

 当院の診療の3本柱は、救急医療、癌診療、予防医療です。平成17年、当院は地域医療支援病院となりました。人吉・球磨のみならず伊佐、えびの地域の200を超える登録医の先生方の協力を得て、救急医療・医療連携・医療研修を充実させ地域医療レベルの向上を図っていきたいと考えています。「機能分担」と「連携」をキーワードに地域完結型医療を目指します。平成19年1月には地域がん診療連携拠点病院の認定を受けました。熊本大学病院と連携し、地域の癌診療に力を注いでまいります。県南ではじめて開設した緩和ケア病棟、この地域に唯一の放射線治療装置、そして外来化学療法もフル稼働しています。今後、さらに質量ともに癌診療における機能の充実を図っていきたいと思います。また、昭和60年に健診センターを開設し予防医療にも力を注いでまいりました。周囲を山々に囲まれた閉鎖的な地域でいかに住民の健康状態を把握し病気の予防につなげるか、切れ目のない健康情報の構築と健康管理・健康指導を目指します。

 病院の質の向上には施設・器機の整備と優秀な人材が必要です。当院は熊本大学の協力型臨床研修指定病院とともに基幹型臨床研修指定病院として研修医の指導にあたっています。「医師としての第一歩を清流の里人吉で迎えて良かった」と言ってもらえるようにアットホームな指導を心がけています。また、認定看護師をはじめ医師以外のスタッフの資格取得・研修派遣・教育にも力を注ぎ人材育成に努めています。

 当院では、地域に根付いた開かれた病院として多くのボランティア活動が行われています。病院への提言をいただくモニター会議、非常時のための緊急避難協力会、園芸支援、患者用図書室の運営管理、患者リクレーション活動など多くの皆さまにご協力いただいています。一方、病院職員が社会奉仕・社会貢献をすることも勧めています。当院は平成11年に災害拠点病院となりました。

 現在、当院には災害早期に被災地で医療活動をするために専門的訓練を受けた災害派遣医療チーム、DMAT(Japan Disaster Medical Assistance Team)が2チームあります。また、地域住民への救急や小児発熱などの啓発活動(「いのちのエレキテル」「天使のちえぶくろ」)、地域イベントの医療班など身近なところでもボランティア活動を行っています。

 さて今年は、病院機能評価の更新の年です。バージョンがアップするごとに難しくなってますが、医療安全・医療の質向上のためには職員が協力して機能評価に取り組みことが重要だと考えます。また、検討中であった病院建て替えについては平成22年度中の着工を目指して今年は急ピッチで準備を進めます。今年の目標は病院機能評価と建て替えです。

 当院の所属する社会保険病院グループは、社会保険庁解体後の新しい受け皿が決まっていませんでした。今回、政府より社会保険病院・厚生年金病院・船員保険病院が独立行政法人地域医療機能推進機構として統一される法案が出されました。通常国会で通過すれば来年4月から新たなグループとしてスタートが切られます。今年は新しい機構に移行する大事な年でもあります。

 最後になりますが、当院は開院以来130年を超えました。その設立の経緯を忘れずに地域住民のため患者さんの病気だけでなく、こころ、家族の気持ちまで配慮した全人医療を提供したいと思います。

 

平成22年2月

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